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新宿高島屋出店中

本日9月19日(木)より23日(月・祝)まで、新宿高島屋の
11F催事場にてDari K出店しております。

ショコラティエの三宅と販売マネージャーの飛鳥井が
行っております。ちなみに私吉野は週末21日(土)・22日(日)
・23日(月)にブースに立つ予定です。

5日間しかないイベントですが、全国のとっても美味しいものだけを
厳選した【第1回美味コレクション】に是非お越しください!

なんとなんと、新店のお知らせや、新しいフレーバー、
そしてDari K初となる、ブランド名を冠したケーキ
「The Dari K(ザ・ダリケー)」も先行販売しております。

*とはいえ今オープンからまだ3時間なのに既に20台販売したとのことで、
手作りゆえに早く完売してしまったらごめんなさい!

東京はもちろん、関東初出店ですので、皆様のお越しを
心よりお待ち申し上げております。

takasshimaya.gif
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真の価値

マイケル・サンデルの話ではないが
真の価値とは普遍ではない。

ビュッフェでお腹がはちきれんばかりに
食事をした人にとってのコップ1杯の水と、
炎天下の中30分間走り続けた人にとっての
1杯の水の価値は異なる。

当然、前者のケースにおいては、水は価値が
ないどころかむしろ不要で不愉快な気持ちに
させるほどであるのに対し、後者のケースにおいては
まさに字義通り喉から手が出るくらい欲する
とても価値のあるものになる。

同じモノであっても、その価値は人によって変わるし、
たとえ同じ人にとってでも場面によって変わる。

超満腹のときに1杯の牛丼を差し出されてもタダでもいらないが、
超空腹のときの1杯の牛丼は1000円出してでも食べたいかもしれない。

これらの例で分かるとおり、
「モノの真の価値は、普遍ではない」。


話は少し発展する。


スプーンが家にない人はいない。
スプーンはごく一般的で、当たり前で、誰でももっている。
でもそのスプーンが急になくなってたらどうだろう。

カレーを食べようとしたらスプーンが見つからない。
アイスを食べようとしたらスプーンが見つからない。
箸やフォークで食べるのも不可能ではない。
でも当たり前のスプーンが欲しい。
スプーンのありがたさは、それがなくなって初めて気づく。

スプーンの存在を知らない人がいたとする。
その人がカレーを食べる。アイスを食べる。
箸やフォークで食べる。なかなかうまくは
食べられない。でもスプーンという存在を知らないから、
それがあるととても楽に美味しくカレーやアイスを
食べられると知らない。

だから多少不便は感じてもそれでやり過ごすことができる。
少なくともスプーンがないことに対し、憤ったり悔やむことはない。
その存在を知らないのだから。


この例から分かること。
「知らぬが仏」
ではなく
「当たり前にあるべきものがなくなってはじめて、
その真の価値を知る」


家族や友人が大切なのは誰もが同意するだろう。
でもどれだけ大切か、どれだけ大きな存在なのかは
失って初めて分かるとよく聞く。

足を骨折してはじめて、普通に歩けることがいかに
素晴らしいことか分かるとか、虫歯になって
はじめて、普通に食べられることがいかに
恵まれていることかを理解させられる。

モノの真の価値は、それを失ったときにはじめて、
いやそれ以前に価値を認めていたとしても、
失ってはじめて、その価値がどれほどかを正確に知る
ことができる。


なんて皮肉な世界だろう。
失って初めてその大切さが、真の大切さが分かるなんて。

でも失ったら、もう取り戻せないものもある。
it's too late to regain something when you lose it and realize its real value.
そんなものの方が一般的だ。失くしたのがスプーンなら
変わりを買うことはできるが、スプーンは普通なくさない。


私はもう少しで大切なものを失くすところだった。
失くす寸前だった。失くしてから、きっと失くしてから、
その価値を知らしめられることになったであろう。
そして後悔する。どうして自分はああしなかったのか、こうしなかったのか。
あの時ああしていれば失くさずに済んだのに、あの時こうしておけば
失うことなどなかったのに。。。

どうして自分は気づけなかったのだろう。
どうして自分は・・・
いくら悔いても、きっとその時はもう遅い。
覆水盆に返らず。
It's no use crying over spilt milk.


私は運がよかった。
大切なものを、とっても大切なものを、失くさずに済んだ。
本当にギリギリのところで、失くさずに済んだ。
ギリギリまでいったからこそ、その真の価値を知ることができた。
幸いにも、それを失うことなく、その真の価値を知ることができたのだ。

こんなに強いことはない。
普通失わなければその価値は真に理解できなかったと思う。
でも失ったら、いくらそのあとで理解しても、もうどうしようも
できなかった。

本当に運がよかった。そうとしか言いようがない。
「運」というとラッキーで、と聞こえかねないが、
「運命」だった。そう、失くさない運命だったのかもしれない。
失くさないで、でもその真の価値を分かる運命。

運命的に、失いかけていたモノをギリギリのところで
引き止めることができた。しかもその真の価値まで
知ることができた。

K.Iさん、その「運」を私に、Dari Kにくれたことに心から感謝しています。
そしてT.Oさん、あなたの真の価値に気づいた今、
そしてここであなたを失わずに済んだことに対し、
私がこれからやりたいのは、そして唯一できることは
あなたを、そしてみんなを心底信じることです。

Dari Kはあのカフェからはじまった。
あのカフェの、あの地図が見えるあのテーブルで。
そしてあのカフェに行った直後に、終わるところだった。

でも神様はいたのですね。

神様は私にチャンスを与えてくれた。
神の使者のようなK.IとT.K、ありがとう。
T.Oそしてみんな、ありがとう。

Milk was not spilt.
I will carry it with much care now.

トレーサビリティ

チョコレート好きの皆様、久しぶりに今日は
チョコのことを書きます!

この度、「料理通信」9月号で、ほんの数ページですが
チョコレート特集「街の小さなチョコレート工房」があり、
Dari Kもほんの小さく載せていただきました。

Dari Kが設立して2年半経つのですが、この2年半で
カカオ豆からチョコレートを作るお菓子屋さんが徐々に
増えてきましたね!これまでは日本でも世界的にも
珍しい、なんて言ってきましたが(実際まだまだ珍しいです)、
こう特集が組まれるほど(とはいえ3・4店舗)
増えてきたのは感慨深いですね。

Dari Kのような小さな店ができるなら、ということで
設立当初から他社パティスリー(お菓子屋さん)の注目を
集めていたのは明らかでした。

直接問い合わせを受けることも多かったですし、明らかに
シェフのいでたちの方(平日の昼間にごつごつした
職人の手をして、爪を清潔に短く切った男性のお客さんが
カカオの調達や焙煎について詳しく聞いてきたら、もう
同業者でしょ!)も多かったです。

今後も、カカオ豆からチョコレートを作るお菓子屋さんや
チョコレート屋さんは増えるでしょうし、それはいいことだと思います。

同じ製造方法をする競争相手が増えるということは、
一見すると経営的には差別化が難しくなるので
喜ばしいことではないように思えます。

しかし、Dari Kの真の価値は、カカオ豆を自家焙煎して
チョコを作るという製造方法ではなく(これも重要ですが)、
それ以上に『カカオの栽培からチョコレートの製造まで
サプライチェーンを一貫して掌握している』ことにあります。

なので、カカオ豆から自家焙煎するチョコレート屋さんが
増えることで、この業界が注目を集めれば集めるほど、
Dari Kは単にそのパイオニアというだけでなく、他社とは
違うということがますます際立ってくることになります。
というわけで、この流れは短期的にはチャレンジングですが
長い目でみるととても好ましい傾向です。

とはいえ、この「真の価値」である『カカオの栽培から
チョコレートの製造までサプライチェーンを一貫して掌握している』
という点をどう人にアピールしていくか、というのは
Dari Kにとって重要な経営課題になります。

どう説明するのが分かりやすいだろう、とだいぶ考えていたのですが
Dari Kの特徴を経営学的に説明するならば
「川上から川下まで一貫したSCM(サプライチェーンマネジメント)により
コスト管理を徹底し、原料生産者に利潤を還元するフェアトレード・ビジネス」
と言うこともできるし、あるいはユニクロやGAPなどアパレル業界の
成功モデルであるSPAという単語を用いて
「原料調達から企画・デザイン、製造・販売まで一社で手がけるSPAを
基本としながらも、原価率の低減よりも原料そのもの及びその加工工程における
価値最大化により差別化を図る付加価値極大化ビジネス」とも言えます。

でも、相手が学生時代にマーケティングを専攻していたり
ハーバード・ビジネス・レビューを愛読してケース・スタディ好きな
ビジネスマンではない限り「はっ?」となるのは目に見えてます。

ではどう説明すれば良いのか?
それは今よく言われる「トレーサビリティ」つまり
「(食品の)生産・流通過程における追跡可能性」だと思います。
要は、誰が作ったものなのか。

野菜なんかはよく生産者の名前や写真がパッケージについているのを
目にする機会も増えましたが、そのようなことです。
誰が作ったかわかるものなら安心・安全ということ。

中国のどこでいつ誰が作ったか分からないシイタケより、
京都府の京丹後市の小川さんが作ったシイタケのほうが
そりゃ安心・安全だということです。

それと同じで、Dari Kのチョコレートは追跡可能。
このチョコの原料のカカオ豆は誰が作ってるか、分かるんです。


インドネシアのスラウェシ島の西スラウェシ州のポレワリ県の
ヘルウィンさんが2013年7月前半に収穫したカカオ豆を、
7月26日にスラウェシ島の州都マカッサル港から船(コンテナ)で
出港し、7月29日に首都ジャカルタのタンジュン・プリオク港に着き
8月6日の韓国プサン行きの船に乗り換えて、8月16日にプサンについて、
19日に大阪行きに乗り換えて、21日に大阪に入港し、
植物検疫や輸入食品検査を受けて、26日にDari Kに着いた豆を
27日に洗浄し、28日に焙煎・粉砕し、29日にペーストにして
その日のうちにガナッシュを作り、1晩寝かせて30日に手で計量し、
その日の朝にコーティングをして販売している。

カカオ豆



トレーサビリティを確保したいと思ってこのようなビジネスモデル
(原料調達から全て自社で手がけること)を選択したわけではないですが
結果的に完全なるトレーサビリティを手に入れることとなりました。

でもこのトレーサビリティ、実は最終製品であるチョコの味を
極めようと思うと、不可欠になってきます。
というのもカカオは産地(国)で味が違うどころか、同じ国の同じ農園で
同じ発酵方法をとっても味なんて全然違うんです。
ヘルウィンさんの農園でヘルウィンさんが育てたカカオを
ヘルウィンさんが自ら収穫して発酵させても味が違う!

これは日本酒でも同じです。同じ蔵元が、同じ杜氏により
同じ酒米を同じ精米歩合で同じ酵母で同じように作っても
味が違うのと同じ。おそらく味噌も醤油も、きっと同じ。

原料が毎回微妙に(そしてその微妙な差が、最終製品では
大きな違いとなる)異なるものを使う場合、それを安定させるために
他の副原料を多く使うか、アルカリ化などしてpHを人為的に調整するなど
いろいろ方法はありますが、自然のままでチョコの味をコントロールするには
カカオを、生き物であるカカオを知り尽くす必要があります。
だとしたらトレーサビリティは、味を追及する際に必要な
通り道であって、トレーサビリティそのものが最終ゴールでは
ないといっても筋が通るでしょう。

そんなわけで、いち雑誌に載ったことがきっかけで
自社の差別化要素やトレーサビリティ、果てはビジネスモデルの
特徴にまで思いを巡らせた1日でした。

段々涼しくなってきましたね!
私は9月1日は午後からJR大阪三越伊勢丹10Fの催事場におります。
現在Dari KはDydoドリンコさんと読売TV「キューン」さんとの
コラボで新作チョコを発表し、その関係で伊勢丹大阪に出店しているのです。
9月2日(月)まで今日入れてあと2日間のみなので、是非お越しください。

皆さま良い週末を!






プロフィール

Dari K

Author:Dari K
Dari Kの経営者です
宜しくお願いします!

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